61 :「秋」:2007/08/25(土) 23:40:44.37 ID:Li1DZ2py0
二人共に都合の合う日時は中々見つけられず、
結果として、約束の日取りは秋口になってしまった。
その間も、僕達はメールで交流を続けた。
初めは遠慮気味で、負い目を感じているかのようだったしぃの文章も、
何度かメールの交換をするうちに解消されるようになっていった。
今では気兼ねなく話が出来る関係になった。
所謂メル友と言う奴か。
僕はその辺りの事情には疎いけれども、ともかく、そういう事だ。
こうして話を進めるうちに、僕達はお詫び等と言う形ではなくて、
大人のデートとしての、楽しむ事を目的とした食事をしようと言う次第に到った。
64 :「秋」:2007/08/25(土) 23:42:40.93 ID:Li1DZ2py0
そして今日、約束の日が来た。
薄手のジャケットを羽織り、細身の黒のパンツで決める。
首元からチラリとネックレスを覗かせるカジュアルな服装。
もしも、連れて行かれる所がノーネクタイでは入れない店だったらどうしようか、
などと不要な心配をしてしまった。
僕は定めた時刻よりも幾分早く待ち合わせ場所に来た。
夏場に彼女に紹介した大きな樹木。
その木影で、多くの人と同様に待ち人を待った。
あの季節には目に鮮やかな新緑を広げていたのに、
今は、ほのかに色付き始めた葉をひらひらと散らしている。
時の流れは、万物の成長を見守ってくれている事を改めて実感した。
66 :「秋」:2007/08/25(土) 23:44:23.40 ID:Li1DZ2py0
始まり立ての紅葉に目を奪われていると、
気が抜けていたところで携帯が震え、僕は慌ててそれを開いた。
(*゚ー゚)『ごめんなさい、少し遅れちゃいました』
僕は周囲に目を配る。
現れては去っていくたくさんの人々。
この辺りは特に人通りも多く、
その人集りに埋もれて、すぐには見つけられないだろう。
そう思っていたけれど、彼女は人ごみに紛れてはいなかった。
僕の目には彼女の姿が際立って映っていた。
68 :「秋」:2007/08/25(土) 23:46:36.21 ID:Li1DZ2py0
綺麗だ。
それが率直な感想だった。
初めて会った時は、まだ思春期を終えたばかりの少女のようで、
美人というよりは可愛らしいという印象を抱いた。
だが、今僕の前に立っている姿は違う。
清楚な洋服に身を包んだ、大人びた一人の女性。
彼女はただただ、綺麗だった。
ベージュを基調としたシックで落ち着いた服装。
肩にそっと掛かる程度のセミロングの髪型に、薄紅色をしたルージュ。
何もかもが彼女の白い肌に良く映えている。
服装と化粧の工夫次第で人はこうまで変わるものなのか。
それとも、僕の目がそんな風に見てしまっているだけなのか。
きっとそのどちらでもない。
全ては、彼女らしさなのだから。
70 :「秋」:2007/08/25(土) 23:48:36.24 ID:Li1DZ2py0
再び携帯が震える。
(*゚ー゚)『あの、結構な時間待ちましたか?』
(´・ω・`)『いや、今来たばかりです』
(*゚ー゚)『ああ、でしたら良かったですw』
当たり障りもない会話。
この時、僕の心臓はばくばくと驚く程速く動いていた。
聴こえなくても、感じる事が出来た。
(*゚ー゚)『それでは、行きましょうか』
彼女が先立ち、僕を手招きして呼ぶ。
黒い髪が秋風に乗って揺れ、甘いシャンプーの香りが流れてくる。
僕は一歩を踏み出した。
何気ないその一歩が、とても重要なことのように思われた。
74 :「秋」:2007/08/25(土) 23:50:29.22 ID:Li1DZ2py0
果たして、どんな店に連れて行ってくれるのだろうか。
その事を聞いても、しぃは答えてはくれなかった。
彼女はあまりこの街に詳しくはない。
地理に関しては僕の方がずっと明るい。
それでも、彼女は自分の知る道を精一杯僕に文字と動作で伝えてくれた。
会話もなく、携帯を弄りながら歩く二人。
周りの人からは冷め切ったカップルのように見えているだろう。
だけども、僕達はメールが届く度に顔を見合わせるので、
彼らにはより奇妙に映っているはずだ。
その事を彼女にメールで告げると、くすくすと笑っていた。
メールを送って、返信が来る。
そんな些細な事が、僕には嬉しかった。
77 :「秋」:2007/08/25(土) 23:52:21.11 ID:Li1DZ2py0
案内された道は僕の知らない場所で、
人通りも少なく、都心とは思えないような落ち着いた所だった。
(*゚ー゚)「――――――」
彼女は右手で指差し、目配せしながら到着と店の位置を伝えた。
綺麗に敷き詰められた石畳の上に並べられた白塗りの椅子とテーブル。
最初は、オープンカフェなのだろうか、と思った。
けれど、看板に書かれていた事は予想外だった。
(´・ω・`)(ハンバーガーショップ?)
アメリカナイズされたデザインの文字と絵。
それは紛れもなくハンバーガーの店であることを示していた。
僕は面食らってしまい、ちょっとだけ動揺する。
そんな僕の様子を気にせず、彼女はメールを送ってきた。
(*゚ー゚)『さあ、注文しましょう』
80 :「秋」:2007/08/25(土) 23:54:25.08 ID:Li1DZ2py0
僕は彼女に唆され、奥のカウンターに向かった。
何をどうすればよいのか分からない僕は、彼女に全てを任せることにした。
しぃは手際よくオーダーを済ませる。
その姿さえも美しかった。
出来上がりをその場で待ち、その間を利用してメールを打った。
(´・ω・`)『何か、予想外でした。
女性ですから、お洒落な店に行くものだと思ってましたよ』
(*゚ー゚)『すみません。私、そういったお店に行った事がないんです。
でもですね、ここのハンバーガー、凄く美味しいんですよ?』
(;´・ω・`)『はぁ、そうでしたか』
浮き浮きとした様子でハンバーガーの完成を待つしぃ。
僕はその隣で、彼女の言葉を信じながら立ち続けていた。
84 :「秋」:2007/08/25(土) 23:56:54.72 ID:Li1DZ2py0
やがて店員がトレイに乗せたハンバーガーとドリンクを持って来た。
よく見る紙に包まれたそれではなく、皿の上に乗せられたハンバーグとパンズ。
焼き立てであることが立ち上る湯気と、手に伝わる熱から判断出来た。
僕達はそのトレイを運んで、空が見える席についた。
(´・ω・`)『じゃあ、いただきます』
(*゚ー゚)『どうぞ召し上がれ』
斜め掛けされたパンズをボリューム満点の具の上に置き、
下に置かれた物と合わせてぎゅっと挟む。
ソースが少しこぼれ、ポテトの盛られた皿の上に落ちた。
勢いだけでは食べ切れないようなそれを持ち、
僕は思い切りかぶり付いた。
89 :「秋」:2007/08/25(土) 23:58:59.83 ID:Li1DZ2py0
(´・ω・`)(お、これは……!)
美味い。
一口でそれは分かった。
このハンバーガーは今まで食べてきたような物とは全く違う。
ジューシーな二枚のハンバーグは、軽く噛むだけで肉汁が噴き出してくる。
その肉汁と濃い目のソースが存分に染み渡ったパンズは、
抜群の焼き加減と相俟って、病み付きになりそうな美味しさだ。
カリッと焼かれたベーコンも堪らない。
あまり好きではなかったピクルスもいいアクセントになっていた。
そして、トッピングされたシャキシャキのレタスと瑞々しいトマトのスライスが、
ともすればしつこくなりがちな味なのに、口の中を爽快にしてくれる。
僕は夢中になって一口、また一口と貪るように食べた。
90 :VIPがお送りします。:2007/08/25(土) 23:59:58.26 ID:TdKE9cA40
美味さが伝わってくるなw
93 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:00:31.41 ID:Im37vsr2O
ハンバーガ食いたくなる
95 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:00:51.58 ID:YWyedkNlO
この時間帯にこの描写はひどい
96 :「秋」:2007/08/26(日) 00:01:01.97 ID:PA9lLIBU0
(*゚ー゚)「――――」
彼女は笑いながら僕の顔を見ている。
満足そうに、嬉々とした表情を作っている。
(´・ω・`)『いやいや、これは驚きました。
本当に凄く美味しいですね。びっくりしました』
汚れた手を紙ナプキンで拭き、メールを打って感想を伝えると、
彼女はまた、得意気に笑うのだった。
(*゚ー゚)『気に入って頂けて良かったですw
馬鹿にされるんじゃないかと、内心ひやひやものでしたよ』
(´・ω・`)『うーむ、御見逸れしました』
そう告げて、また一口かぶり付く。
何度食べても初めて体験した時のように美味い。
思わず笑顔になってしまう。
しぃはそんな僕を見て、嬉しそうに自分のハンバーガーを口にした。
その顔は、これまでと違いやはりあどけない少女のようで、
それもまた彼女らしさなのだろう、と僕は思った。
98 :「秋」:2007/08/26(日) 00:03:00.53 ID:PA9lLIBU0
無言で手を合わせ、昼食を締め括る。
感謝の儀礼を終えると、テーブルの上に置いた携帯が振動した。
僕が気付かぬ隙に彼女はメールを打っていたらしい。
(*゚ー゚)『ごちそうさまです。
普段は一人の事が多いので、久々の二人での食事は楽しかったです』
(´・ω・`)『ごちそうさま。僕も楽しかったですよ。
今度は僕が食事に招待しましょう』
(*゚ー゚)『それじゃ意味が無いじゃないですかw』
(´・ω・`)『いやいや、楽しい事は多い方がいいでしょう?』
(*゚ー゚)『ふふふ、それもそうですねw
では、楽しみにしていますね』
交わされる会話は和やかで、僕は一層胸が弾むのだった。
100 :「秋」:2007/08/26(日) 00:05:09.86 ID:PA9lLIBU0
僕は食後のコーヒーを飲みながら目の前の情景を眺めた。
騒がしい都会から切り取られたような空間。
あの世界に入っていけなかった僕を、優しく受け入れてくれている。
行き交う人々の顔がよく見える。
安らかで、ゆっくりとした時間の流れ。
聴こえなくても、この場所を包む静けさは感じ取れた。
そして目を戻すと、僕の前にはしぃの笑い顔が在る。
秋空は天高い。
決してその頂上に手が届く事はない。
僕の気持ちも、同様に届く事はないのだろうか。
声に乗せてはっきりと伝えることが出来ない自分には無理だって、
そんな事は、分かり切っているはずなのに。
僕は恋に落ちてしまったようだ。
105 :「秋」:2007/08/26(日) 00:07:11.76 ID:PA9lLIBU0
帰り道。
撫でるように吹く涼しげな秋風は、
この場所の平穏を飾り立てるアクセサリーとして、これ以上なく似付かわしかった。
隣でしぃは僕の心をくすぐるように笑っている。
長い僕の人生の中で、苦悩と葛藤はどこまでも付き纏ってくる。
それでも普通の人と同じ人生を送ろうと努めた。
学生時代は友達も多くて、大学にも行く事が出来た。
職業だってある。自立した生活も送れている。
だけど僕はやっぱり普通じゃないから、
世の中から一線を引かれているように感じずにはいられなかった。
ぱっと見充足した人生も、所詮は空っぽのおもちゃ箱みたいな物。
聾唖の自分は巡る世界から疎外されているんだ。
けれど、そんな僕にも一筋の光が差してきた。
彼女がこうして僕に合わせてくれる事の喜び。
何百カラットのダイヤモンドよりもキラリと輝いている。
僕の心にも風が吹いた。
まるで、包み込むように。
110 :「冬」:2007/08/26(日) 00:08:49.32 ID:PA9lLIBU0
月日は瞬く間に過ぎていった。
カレンダーは最後の一枚しか残っていない。
そしてそのカレンダーも、あと一週間もすれば使い切ってしまう。
今日はクリスマス。
僕としぃは食事を通じて交流を深めた。
お互いに気に入った店を見つけてはメールで情報を交換し、
都合の合う日に二人で行って、その感想を述べ合ったりした。
そうして時間を共有しているうちに、
徐々にだけれど、言葉遣いもくだけた調子に変わっていった。
彼女は年上の僕に気を遣ってか、未だに「ですます」口調だったけど。
メル友から、友人ぐらいにはランクアップしたかな。
帰り際に手を振る度に、いつも僕はそんな事を考えるのだった。
考えて、どこか切ない気分になるのも、毎度の事だった。
112 :「冬」:2007/08/26(日) 00:10:29.31 ID:PA9lLIBU0
思えば不思議な出会い方だった。
僕の耳が聴こえていたらこんな展開にはなっていなかっただろう。
奇跡的な偶然と書いて、奇遇。
それが今、僕に訪れているのだなと噛み締めるように実感した。
電車が駅に到着した。
冷たい外気に触れて身体が縮み上がる。
吐く息は白くなっていた。
僕は少し折り目の付いた切符を手に、改札を通り過ぎた。
腕時計をちらりと見ると、もう午後七時を回っていた。
電車から見た時には気にしなかったが、辺りは相当暗くなっている。
夜空には星なんて無いけれど、
もっとそれ以上の何かが、爛々と輝いているような気がする。
僕は急いだ。
いつものように、あの大きな木へと。
111 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:09:25.71 ID:QgzCqsGeO
文章うまいなぁ
113 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:10:40.87 ID:cmItezjV0
上手いよなぁ
114 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:11:06.48 ID:X1SktUX40
寝れないってホント
117 :「冬」:2007/08/26(日) 00:12:31.51 ID:PA9lLIBU0
冬の夜は寒い。
この街では尚更だ。
実際の気温以上に凍えるような、そんな空気が蔓延している。
この地で自分だけの暖かい場所を見つけるのは困難な事だ。
葉がすっかり散り、枯れ木となってしまった樹木の下に彼女はいた。
厚手のコートを纏っている。その下からはドレスがちらりと見えている。
僕は片手を上げて駆け寄り、息切れを我慢しながらメールを打ち込んだ。
(´・ω・`)『ごめんよ、ちょっと遅くなった』
(*゚ー゚)『もー、ちゃんとして下さいよー。
今日はショボンさんが奢りの日なんですからね!』
(´・ω・`)『いやあ、悪い悪い』
軽い談笑。
この待ち合わせた時のちょっとした会話が、僕は好きだった。
123 :「冬」:2007/08/26(日) 00:14:27.71 ID:PA9lLIBU0
クリスマスだと言うのに恋人もいない僕達は、
お互いを慰め合うと言う名目で、この聖なる夜に食事の約束をしたのだ。
自分でもよく彼女がOKしてくれたものだと思う。
でも、僕は彼女に嘘を吐いていた。
本当の目的は、そんな事なんかじゃない。
駅へと続く道を戻り、駅前の大通りに向けて歩いた。
横断歩道を渡る事にはまだ抵抗がある。
恐怖なのか緊張なのか、直前で足が竦んでしまう。
耳の悪い僕が信じられる情報は目で捉えられるものしかないからだ。
そんな臆病な自分を悟られないよう、
僕は前を向き、背筋を伸ばしてアスファルトに描かれたストライプを横切った。
130 :「冬」:2007/08/26(日) 00:16:56.04 ID:PA9lLIBU0
交差点を渡り切り、ほっと息を漏らす。
目に映るものしか信用出来ない僕にはいつまでたっても鬼門だ。
逆に言えば、僕は見えるもの全てを信じてしまいがちになってしまっている。
この巨大な街に、自分は本当に存在しているのか。
普通の人なら自分が街を見る事が出来るから、
自分も街に住む他者の目に映っている筈だと、当然の事のように考えるだろう。
何を馬鹿な事を、と思うかもしれないが、
僕は時々、世間が自分を求めていないのではないかと不安になってしまう。
仮に求める声があったとしても、僕には聴こえない。
どんな群衆よりも孤独な存在。
それが僕と言う人間だ。
けど今なら確証が持てる。
彼女からのメールが僕へと繋がっているのだから。
137 :「冬」:2007/08/26(日) 00:19:08.97 ID:PA9lLIBU0
大通りに着いてすぐ、対向車線側の道路沿いにある高層ビル。
何階建てなのかすら全く見当がつかない
僕達はそんな摩天楼へと若干緊張しながら入っていった。
真夏に受け取ったチラシ。
僕はそれをレターボックスの中に保管していた。
たくさんの文字で埋め尽くされた裏面ばかりが目に付くが、
表に書かれた内容を見返して、ふと案が頭に浮かんだ。
いつか行こうと決めていたレストラン。
僕はクリスマスに彼女を誘って行こうと計画し、十月頃から予約を取った。
夏にきっかけを貰い、秋に準備し、冬に実行する。
その道筋は彼女のメールと僕の心境の変化と共にあった。
今日の為にスーツも新調した。
イタリア製の格好良い濃紺のフォーマルウェア。
少々高くついたが、後悔はこれっぽっちもしていない。
138 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:19:47.90 ID:wqsiDGmuO
夏の日の人か
140 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:20:38.02 ID:vCWY7C0X0
>>138
おそらく
142 :「冬」:2007/08/26(日) 00:21:31.35 ID:PA9lLIBU0
何十階もの距離を一気に駆け上がっていくエレベーター。
数分経ってようやく到着し、建物の中に構えたレストランに足を踏み入れた。
喋れない僕の代わりに、しぃが入店の際の応対をこなした。
初めて来た店の筈なのに、やけに堂々とした振る舞いを見せる。
まあ、僕も初めてなのだが。
店員に案内され夜景が展望出来る席に座った。
星の代わりには成り得ないが、眩いばかりの電光が夜を彩っている。
彼女はコートを脱ぎ、照れながらドレス姿をお披露目する。
美しい。そうとしか言い様がない。
その事を褒めるのが何だか恥ずかしくて、ついつい目を逸らしてしまった。
僕はすぐさま携帯を取り出し、話題を変えようと文章を打った。
(´・ω・`)『綺麗な夜景だね』
(*゚ー゚)『本当ですね。こんなに綺麗な景色は初めて見ましたよ』
いつの間にやら、僕達がメールを打つ速度は驚異的なレベルに達していた。
高貴な雰囲気を醸し出している紳士淑女は、奇怪な二人組に目を丸くしていた。
145 :「冬」:2007/08/26(日) 00:23:55.69 ID:PA9lLIBU0
出された料理はどれも豪華で、
それでいて、僕のような庶民の舌にも合う美味しさだった。
肉料理が運ばれてきたところで、
九十年代の、手頃な価格の赤ワインを一本頼んだ。
とは言えあくまでこの店における「手頃」であり、十分に高価な品だ。
しぃは少し僕の懐事情を心配したが、無理して笑ってみせた。
あまりに赤過ぎて、黒と呼んだほうが相応しい程の真紅の液体。
僕は彼女のグラスにも注いであげ、食事の途中だけども乾杯をした。
芳醇な香りが漂ってくる。
一口飲むと、じんわりとした甘味と苦味が同時に舌の上に広がった。
そうした要素の全てが複雑に混ざり合い、深く豊かな味わいを構築している。
しかも癖も少なく、濃厚なジュースのように気軽に飲めた。
148 :「冬」:2007/08/26(日) 00:25:53.33 ID:PA9lLIBU0
僕は夜景を見ていた。
子羊の肉のソテーを包む、甘酸っぱい煮詰めた林檎のソース。
二つの食材はお互いを高め合うように調和を保っている。
そんな、常に成長段階にあり続ける料理を口に運ぶ彼女の姿がガラスに映り、
それが目に入って、僕は二度三度胸を叩き自らを奮い立たせる。
言え、言うんだ。
いや、言う事は出来ない。
文字に託して、真っすぐに届けるんだ。
僕は携帯のキーを押す。
一晩懸けて考えた告白の言葉。
震える指で、それを丁寧に丁寧に打ち込んでいく。
出来上がった文を見返して、何故だか恥ずかしくなりながらも、
確認を済ませ、送信のキーを押そうとする。
なのに、どうしてもその作業が出来ない。
あと一押しを躊躇してしまう。
横断歩道を渡る時のような、表現し難い怯えが僕を襲っている。
146 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:24:25.02 ID:Im37vsr2O
嫉妬するほどに情景を伝えるのが上手い
149 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:26:10.74 ID:YWyedkNlO
食べ物の描写が本当に上手いな
154 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:28:16.79 ID:i13MKFxsO
目の前に料理があるような、そんな錯覚
152 :「冬」:2007/08/26(日) 00:28:03.15 ID:PA9lLIBU0
最後の料理が運ばれてきた。
僕はそれに見向きもせず、じっと携帯の画面を見つめていた。
これさえ押してしまえばいい。
胸がすくような思いを感じる事が出来る。
これまでゆっくりと親密さを深めてきた。
きっと上手くいく筈なんだ。
誰かの囃し立てる声が欲しい。
だが、仮にあったとしても、当然僕には聴こえない。
そうやって躊躇っていると、
画面が切り替わり、メールの受信を報せる映像が流れた。
僕は何を思ったか作成した文書を破棄し、送られてきたメールを開いた。
(*゚ー゚)『私、手話を一つだけ覚えたんです。
もし良かったら、見て貰えませんか?』
157 :「冬」:2007/08/26(日) 00:29:11.95 ID:PA9lLIBU0
僕は返信を打つ代わりに、
ただ一度だけ、目を戻してコクリと頷いた。
彼女は右手の親指と人差し指を自分の喉に当てる。
そしてそれを撮むように、すっと前に突き出した。
僕はその手話の意味を覚えていた。
子供の頃から耳が悪くて、そのハンディを補う為に学んだ手話。
けれども、それは如何なる言葉よりも不完全な言語だと思っていた。
伝わるのはごく限られた人達にだけだと、分かっていたから。
だけど今、それは僕に伝わった。
彼女の眼差しと共に、どんな気取った言葉なんかよりずっと素敵に伝わった。
(*゚ー゚)『 す き で す 』
160 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:29:33.38 ID:f29+29A80
いいよいいよ〜
161 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:30:04.93 ID:vCWY7C0X0
分かっててもこれはクル
162 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:30:08.70 ID:8RkrE8fuO
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
168 :「冬」:2007/08/26(日) 00:31:08.22 ID:PA9lLIBU0
彼女のはにかむ笑顔。
ほんのりと赤くなった頬。
お酒のせいではない事ぐらい、僕でも理解出来る。
僕はふっと笑みを漏らした。
あんなに悩んでいたことが馬鹿らしく思えて、つい笑ってしまったのだ。
笑って、涙が零れそうになる。
この手に握っていた切符は片道ではなかった。
僕は携帯を閉じて、しぃの瞳を見つめる。
返事を今すぐ伝えたかったから、
彼女の手を取って、その小さな手の平に指で文字をなぞった。
(´・ω・`)『 ぼ く も 』
そう書いて、僕はしぃの手を握った。
169 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:31:13.32 ID:i13MKFxsO
きたきたきたきたー
173 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:32:13.84 ID:vCWY7C0X0
心が温まるな
175 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:32:54.46 ID:UxemDmbo0
こういう純愛ものもいいねえ
174 :「冬」:2007/08/26(日) 00:32:46.06 ID:PA9lLIBU0
思いを伝える台詞なんて、いくら着飾ったとしても、
短くても素直な言葉には遠く及ばないんだ。
僕はもう一度夜景を見下ろした。
色とりどりの光が僕を祝福するように煌めいている。
「百万ドルの夜景」とはまさにこの事なのだろう。
そして目を彼女に戻した。
彼女は優しい微笑みを見せて、ぎゅっと僕の手を握り返す。
外の景色を装飾する光よりも眩しいその笑顔。
百万ドル、いや、
世界中のお金を全て集めても、この笑顔は手に入れることは出来ない。
握り締めた彼女の手から、温もりが絶えず伝わってくる。
僕の凍っていた心は、今ここで溶け始めている。
この街で一番暖かい場所。
僕はようやく見つけられた気がした。
181 :「冬」:2007/08/26(日) 00:34:47.73 ID:PA9lLIBU0
夕食を済ませ、僕達は店を出た後。
僕達は二人、手を繋いでネオンの光に包まれた街中を歩いた。
外は冷える。冬真っ最中である事を身に沁みて思い知らされる。
緩やかな足取りで進んでいった。
向かっているのはホテル。
下心からか一応予約しておいて良かったなどと告げると、
彼女は寒さで赤らんだ顔を更に真っ赤にして、僕の肩を叩くのだった。
その顔が堪らなく愛おしい。
歩行中、いつも打っていたメールによる雑談は行わなかった。
肩を寄せて見詰め合う。
それだけで気持ちを届けられたから。
あんなに緊張した横断歩道も、
横にしぃがいてくれるから、もう怖くはなかった。
186 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:36:21.25 ID:knnwWRu9O
ホテルだと・・・?
187 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:36:21.97 ID:MqAbjo4S0
これは・・・
189 :「冬」:2007/08/26(日) 00:36:59.72 ID:PA9lLIBU0
ホテルの一室に入る。
交互にシャワーを浴びてベッドに腰掛ける。
明かりを全部消して、とたっての要求があり、僕はそれを受け入れた。
その際に残念そうな顔をすると、彼女はまた顔を赤くした。
二人揃って意を決し、行為に及ぶ。
最初はキス、それから段々と胸、腰、陰部へと手を伸ばす。
蛇が這うように、舌で首筋の甘い汗を舐め取る。
少しずつ頭を下げていき、汗とは違う粘度のある液体にも舌を這わせる。
彼女の嬌声や喘ぐ声は聴く事が出来ない。
直接に感じ取れるのは切なげな表情と溺れるような快楽のみだ。
それだけで十分。
言葉は要らない。
その白い肌に触れさえすれば、
しぃと、僕の存在をはっきりと確かめられる。
世界は今、僕達だけの為に回っているかのようにさえ感じられた。
191 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:37:18.90 ID:thG3ssdj0
まさかあの描写で・・・
192 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:38:00.03 ID:vCWY7C0X0
エロ・・・だと・・・!?
193 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:38:17.95 ID:knnwWRu9O
け、けしからん!
195 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:38:51.82 ID:+RHVYriU0
ふ、不埒だ!
197 :「冬」:2007/08/26(日) 00:39:08.86 ID:PA9lLIBU0
愛に満ちたセックスを終えると、僕達は目を閉じた。
肩を抱いて、手を握り合ったまま。
僕は彼女の顔を見た。
少しだけ涙の跡が付いた顔にキスをする。
嬉しそうな笑顔を見るだけで、その気持ちがひしひしと伝わってきた。
時間を共有する事は、喜びも共有する事。
僕としぃは全く同じ感情で、互いを求め合っていた。
そう、確信出来た。
彼女が完全に寝静まった後、僕は身を起こして窓から外を見た。
都会では珍しい白雪が舞っている。
雪は何百、何千もの光を浴びて、輝きを放ちながら降り注いでいる。
僕は枕元に置いた携帯を手に、その光景をカメラ機能で撮影し、
『ホワイトクリスマスだったんだね』と、写真を添えて彼女の携帯に送った。
目覚める頃には届くだろう。僕からのクリスマスプレゼントが。
198 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:39:15.42 ID:mSNBpIE6O
なんという1レスSEX
199 :VIPがお送りします。:2007/08/26(日) 00:39:17.72 ID:UxemDmbo0
なんという純愛
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率直に、嫉妬